魂の影 Traeing the soul  2021年4月18日

イスラーム教においては、家主とその家族の許しなくして、家の中の出来事に何人も関与することができない。あるハディースは、カリフ(イスラーム世界の最高指導者)が家中で飲酒をしているムスリムたちに遭遇したことを伝えている。ムスリムは、たとえカリフであっても家の中で起こったことに口を出すことはできないと言い、彼を追い出す。このハディースが示しているのは、家が他者からは不可侵の領域だということであるーーアッラーを除いては。このようにイスラーム教の教えが生きている地域では、現代においても内と外が厳格に区別されている。


COVID-19が蔓延し始めた昨年から、stay homeを標語に家に籠ることが推奨された。感染を恐れ、あるいは周囲の目を恐れた人々は、出勤やレジャーを目的とする外出を極力抑え、安全な家にとどまっている。現在、家はいわば生のシェルターなのである。


しかし、家はしばしば死のにおいも漂わせる。stay homeが謳われた当初から話題にのぼったように、自宅で虐待を受けている人々にとって、今回の事態は家の外という逃げ場が失われることを意味する。実際、各国で児童虐待の発覚件数が増加したとの報告がある。また家にいる時間が増えて、身近な人間との関係性が変化したことにより、新たなトラブルが生じる場合があったかもしれない。


COVID-19拡大による展覧会の延期から一年を経て、二人の作家の制作には変化が訪れた。両者とも共通して、家という空間の表象を取り入れたのである。笹山直規は、家の中に転がっている死体を、静物画として木版に刻む。松元悠は、ニュースメディアが報じた、他人が介入できない閉鎖的なコミュニティの中で起きた出来事をリトグラフに起こす。

本展では両者の版画作品を通じて、家に漂う死の影を捉える。内と外の境界に立つ二人は、肉体から離れた魂のように、不遜にも生と死のうつりゆきを目にするだろう。


企画 安井海洋