Get back in the kitchen.
「台所に戻って料理でもしてろ」


男性が女性をからかったり、罵倒するときのフレーズである。今でもこんな表現がネット上にはある。kitchenはかつて女性を閉じ込めておく場所でもあった。今でも抑圧のイメージがつきまとう。

  88年刊行の吉本ばななの『キッチン』は、平成を代表するベストセラーである。そこでは、料理するのはもちろん、寝起きもし、主人公みかげにとって「この世でいちばん好きな場所」。閉じ込められる場所から、逃げ込む場所(心が安らぐ場所)へ、意味を反転させている。みかげはたった1人の肉親である祖母の死をきっかけに、ある親子のマンションに居候することになる。「自由に使っていい」と提案され、他人のキッチンで料理し、リビングとの境目に置かれたソファで安眠できるようになる。キッチンと世界の境界が溶け出し、閉じた空間が次第にひらかれてゆく。

  今回の展覧会場は西東京市に建つマンション。『キッチン』刊行の翌月完成した。平成時代を経て、1階はテナント入居を待つ空きスペースである。仕切りも壁紙も取り払われたフリーな空間は「zero point」と名付けられた。平成が終わり、令和を迎えるゴールデンウィークの期間だけ解放され、展覧会「kitchen」が開催される。ここのオーナーは、食を通じて開かれたスペースを作るプランを企画している。それまで「自由に使っていい」と提案され、展覧会が実現した。

 いま私たちは、世界が広がりネットでつながっていくのに反比例するかのように、さまざまな制約、規制の中に閉じ込められて生きている。「kitchen」には、食を介した作品を提供するアーティスト15組が集う。料理するように制作することで、閉じた世界を開いていく手掛かりとしたい。